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2010-04-15

IBMはオープンソースを支持し続けるのか?についてもっと考察してみる。

昨日のエントリに引き続き、もう少しだけ深く分析して、今後のIBMが取り得る対応について予測してみたい。昨日のエントリは主に、Florian Mueller氏がなぜ声明を行ったか、その背景にはどのような事情があるかということについて説明した。いわばFlorian氏の言葉を代弁したようなものである。今回は筆者の個人的な意見についても述べてみようと思う。

IBMは今後どうするべきか

言うまでもないことだが、Florian Mueller氏への対応はIBM自身が考えて決めればいい。どのような圧力をかけられようとも、IBMがどう振る舞うかはIBMの自由である。ただし、その行動がどのように他者、特にオープンソースコミュニティや顧客の目に映るかということを考える必要があるだろう。頭を使い、どのような対応が他社の目に見栄え良く映り、IBMの利益になるか、そんなことを考えて行動することであろう。

元々がPRだった?

そもそもであるが、IBMは企業であるから、自社の利益に繋がらないことはやらない。従って、過去に500件の特許をOSSコミュニティに無償提供したIBMであるが、この行為が自社の利益になると判断していたのだろう。どのような意味があったのだろうか?IBMの言葉を額面通りに受け取れば、「オープンソース・ソフトウェアを促進して市場を活性化させます。」ということになる。次はITProの記事の抜粋である。
「従来のインダストリアル・エコノミーと異なり,イノベーティブ・エコノミーにおいては,知的財産権を単に所有者に自由と収入をもたらす以上のものとして適用することが要求される。世界中の開発者の協業に基づく革新,相互運用,オープン・スタンダード,オープンソース・ソフトウエアを促進することは,市場を明確に活性化する。IBMがオープンソース開発者に開放する特許は,継続的な革新を促進するために役立つと確信している。」(IBM senior vice president, Technology and Intellectual Property John E. Kelly氏)。
オープンソースといえば、ITベンダーによる典型的な囲い込みを逃れるための最適な手段だ。ソースコードが公開されているから、プラットフォームを乗り換えるのは比較的容易である。「オープンソース・ソフトウェアを促進します」というのは、顧客に対しては「囲い込みしませんよ」というメッセージとして伝わるだろう。IT業界には、ベンダーによる囲い込みにユーザーが困っているという背景というか通念があるため、「囲い込みをしない」という姿勢を見せることは良いPRになるわけである。

なお、余談ではあるが、筆者の個人的な印象としては、IBMといえば囲い込みが大の得意であるというイメージがある。恐らくそれは、メインフレームやミニコンの販売、ITシステム部門をまるごとアウトソースで引き受けるといったビジネスモデルから来るものだろう。以上、余談終わり。

なぜPRが必要だったのか?

そんなことは決まっている。客を他社に取られないためだ。

IBMは巨大企業だが、厳しい競争に晒されているのもまた事実である。顧客は囲い込みを嫌うため、よりオープンなプラットフォームへ移行したいというニーズが常にある。そういったニーズを上手に利用して、かつてサン・マイクロシステムズはIBMから多くの顧客を奪ってきた。「弊社のプラットフォームはオープンです。御社のIT投資は将来に渡って無駄にはなりません。」と。これはIBMにとって大きなプレッシャーであっただろう。

「毒をもって毒を制す」という言葉があるが、IBMがとった行動はまさにそれであり、「オープンソース・ソフトウェアを促進します」というメッセージの意味するところは、「オープンソースをもってオープンソースを制す」なのだと考えられる。(注意:感じ方には個人差があります。)

IBMにそう出られては、競合他社も黙っては居られない。

IBMが500件の特許をOSSコミュニティに解放した後、それに続いてサン・マイクロシステムズは1670件の特許を公開した。なんと、IBMの3倍以上の件数である。サン・マイクロシステムズが顧客に伝えたかったことは恐らくこうだ。「うちのほうがずっとずっとオープンです。」

これまでオープンソース支持を打ち出してきたのはIBMやサンだけではない。過去にはCAやノキアも特許をOSSコミュニティに寄贈している。

米CAがオープンソース活動に特許14件を公開,米IBMとともに「パテント・コモンズ」を推進
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/USNEWS/20050908/220779/

ノキア、オープンソースに特許技術を公開--法的保護を提供
http://japan.cnet.com/news/tech/story/0,2000056025,20083903,00.htm

大切なのはブランドイメージ

もしIBMが邪悪な企業だったら(笑)、怨敵サン・マイクロシステムズが敗れ去った今、きっと彼らはこう考えるに違いない。
あなたたちユーザーがPRにまんまとのってくれたおかげで、弊社は顧客を愚かなオープンソース支持企業から奪い返すことが出来ました。
目的が達成されたのでオープンソース支持なんてもう終わりで〜す!ありがとうございました。
と。(注意:これはIBMが邪悪だったらという仮定に基づいた筆者の勝手なイメージです。)

少々おちゃらけてしまったが、IBMがOSS支持を必要ないと考えていても不思議ではない。企業にとって、利益に結びつかないものは全て不要だからだ。しかしそのような態度を明確に伝えてしまえば、企業としてのブランドイメージは損なわれる。

ブランドイメージは企業のPR活動にとって最も重要なことであり、企業がブランドイメージを築くためには統一した企業メッセージが必要である。言うことをコロコロ変えるような企業は信用されない。特に、PRを通じて企業が何か約束をした場合、その約束を破る行為はブランドイメージへのダメージ以外の何者でもない。人は誰しも、約束を破る企業を利用したいとは思わないだろう。ブランドイメージとは、人々からの信頼の上に成り立つ。従って、たとえそれが実利に結びつかなかったとしても、ひとたび口に出したことを企業が覆すというのは予想しがたいのである。

とはいえ、ブランドイメージが傷ついたとしても、それ以上にOSS支持を取りやめた方が利益に繋がるのであれば、IBMは迷いもなくOSSコミュニティへ唾を吐きかけることだろう。その場合、Herculesの件については強硬な態度を取ると予想される。

IBMがオープンソース支持を継続するかも知れない理由

もちろん、IBMには今後もオープンソースへの支持を継続するという選択肢もある。業界にはまだまだ強烈なライバルがひしめいているからだ。彼らと戦う上で、オープンソース支持は今後も必要だという予想もある。

例えばオラクル。サン・マイクロシステムズは完全に消滅してしまったわけではなく、オラクルに買収されてその血肉は生き残っている。見方を変えれば、サン・マイクロシステムズはより強大な敵の一部となって帰ってきた!とも言える。そしてオラクルと言えば、真っ向からIBMに対して宣戦布告している企業であるということを忘れてはならない。オラクルは、サン・マイクロシステムズの買収によって、オープンソース支持という武器を手に入れた。IBMには今後ますますオープンソース支持へのプレッシャーが高まるかも知れない。

例えばHP。HPもオープンソースソフトウェアを活用する巨大企業である。IBMがOSS支持を止めれば、HPに顧客を奪われることは必至である。

例えばマイクロソフト。こちらは逆にオープンソースへの支持をしない企業の代表格である(と筆者は思う)。オープンソースを支持していれば、マイクロソフトから一定の顧客を奪えるかも知れない。特にLinuxをサーバーOSとして利用した場合、Windows Serverに対する恰好の対抗馬となる。

クラウドではOSS抜きには戦えない

もうひとつ、IBMがOSSへの支持を継続すると考えられる決定的な要因は、クラウドの存在である。

クラウドのメリットはその経済性(つまり安いということ)にある。その経済性故に、ユーザーは急速にクラウドへの関心を示しており、今後はクラウドがひとつの主流になるとの見方もある。クラウド上でプラットフォームやサービスを安価に提供するには、安価なソフトウェアコンポーネントが欠かせない。つまり、OSSが欠かせないのである。今後、IT業界ではクラウドによってさらにOSSの利用が促進される可能性が高いのである。

舌戦はまだ始まったばかり。

Florian Mueller氏とIBMによる舌戦はまだ始まったばかりである。

eWEEKの記事"IBM Denies Breaking Its Open-Source Promise"では、IBMが「500件の特許はOSSに適用しないよ。けどメインフレームそのものの特許は主張するけどね。」という旨のことを述べているという説明がなされている。

なんだか非常に曖昧な態度である感が否めない。オープンソースへの支持を表明しつつも、メインフレームエミュレーターのように自社の利益を脅かすOSSは認めないということである。商売上、それは本音であることは間違いないのだが、もっと他に言い方は無かったのだろうかと思う。

Florian Mueller氏の最新のブログエントリでは早速反論が展開されている。反論の要点は次の2つだ。
  • IBMがTurboHerculesに提示している特許は、他のOSSプロジェクトにも適用されるよね。例えばOpenBSD、Xen、VirtualBox、Red Hat Enterprise Virtualization、MySQL、PostgreSQL、SQLite、Kaffeとか。(筆者追記:IBMはこのプロジェクトも自社の特許で攻撃するの?ねえ、どうなの?的な。)
  • IBMはおよそ50,000個の特許を持っているけど、そのうち500個がOSSコミュニティに解放されただけだよね。
後者の主張については、我が心の師匠リチャード・ストールマンの言葉が引用されている。
As Richard Stallman puts it, if you have 100,000 mines in a park and you take out 1,000, the park is still not safe to walk.

(拙訳)
リチャード・ストールマンは言っている。もし10万個の地雷が公園に埋まっており、たとえその中から1000個を取り除いたとしても、その公園は安全い歩行できるとは言い難い。
確かにその通りだ。IBMはOSSに対して友好的な姿勢を示しつつ、その実いくらでもOSSプロジェクトを叩き潰すことが可能なのだ。IBMに標的にされ、立っていられるOSSプロジェクトは存在しないだろう。

筆者の所感

筆者はこの舌戦に参加しているわけではなく、単なる傍観者でしかない(オープンソース支持者ではある)のだが、IBMは過去に「OSSを支持する姿勢」を打ち出したことを後悔しているんじゃないかと思う。「パテント・コモンズ」などをぶち上げたりせず、「弊社はオープンソースを活用したソリューションを提供していますよ」ぐらいの宣伝をしておけば良かった・・・と悔いているのではないかと。

だがしかし、OSSへの支持を明確に打ち出したことで得られた利益もあったはずだ。ならばOSSへの支持により、生じる損失には目をつむるべきではないのか。

IBMがどのような態度に出るのかはまだ分からない。OSSへの支持を謳い続けるのか、それともOSSの不支持へ回るのか、はたまた曖昧な態度をとり続けるのか。どの選択肢にも、一長一短があるに違いない。それを判断するのはIBMである。

ただし曖昧な態度はOSSコミュニティにとって好ましくないと、筆者は考えている。なぜならば、IBMが自社に都合の良いOSSプロジェクトだけを支援して、そうでないものを排除するというならば、IBMはオープンソースコミュニティに対する支配力を強めることになるからだ。一般的な営利企業が都合の悪いOSSを潰す!という行為に出るのは仕方がないと思う。OSSも彼らにとってはライバルだからだ。

だが、「OSSを支持します」とPRしている企業にとって、それは許される行為ではないはずだ。OSSプロジェクトを特許で脅すならば、少なくとも「弊社は部分的にOSSを支持します」とか「都合の良いときだけOSSを支持します」とか「OSSを利用しています」という風にPRを改めなければならない。(しかし恐らくそんなPRには何のメリットもないだろう。)そうでなければOSSコミュニティは納得しないだろうし、OSSへの支持を企業方針としてPRするならば、それを一貫することが企業利益に繋がるはずである。たとえ、部分的に失うものがあってもだ。

筆者は、ただIBMが再びOSSコミュニティに対して友好的な存在になって欲しいと願うばかりである。

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