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2010-11-14

アジャイルと受託開発

先日、永和システムマネジメント社がアジャイルによる受託開発サービスを発表し、話題になっている。多くの人の関心を引いているのは、アジャイル開発手法を取り入れるということだけでなく、その価格の安さだ。一ヶ月あたりの料金は、もっとも安いものでは月々15万円から、もっとも高額なプランでも月々150万円からとなっている。果たしてそんなので儲かるの!?というのが多くの人がいだいている疑問であろう。自分なりに「アジャイルによる受託開発サービス」について分析してみたので語ってみようと思う。なお、本エントリは永和システムマネジメント社が公開されている資料と筆者の推測に基づくものであるので、より詳細で正確な内容は永和システムマネジメント社さんへ問い合せて頂くよう悪しからず了承いただきたい。

採算割れしないのか?

筆者の見解では、たぶんしない。何故か?それは一旦開発が終わったらそうそう頻繁にシステムの仕様を変更しないからだ。例えば、もっとも高額なプランについてコストと収益を予想してみたのが次のグラフである。青がコスト、赤が収益だ。
アジャイルなので投入する開発者は5名程度であると仮定する。(大人数にはならないので。)ざっくりと一人100万円/月のコストがかかるとする。アジャイルの利点である早期に開発できるという特性を活かすことが出来れば、3ヶ月で5名体制を終わらせることが出来ると仮定しよう。いったんシステムが完成し、稼働直後はバグ修正などに手が取られると想定するが、いったん安定稼働してしまえば、システムの仕様変更をしない限りは殆ど手がかからなくなるだろう。一方で、開発期間中も安定稼働している間も一定のシステム使用料金は発生する。

即ち、永和システムマネジメント社は初期投資を行なった分は当初赤になるが、安定稼働中にしっかり回収できれば最終的に赤にはならないのである。グラフでは、(1)の部分(青色)が初期投資時の赤字であり、(2)の部分(薄い赤色)は利益となる。すなわち、(1)よりも(2)のほうが大きくなれば利益は出る仕組みなのだ。一般的なシステムの耐用年数を考えると、一旦開発が完了したら最低でも2年は使われると思う。2年使ってもらえば十分元が取れる。ないしは2年に一度ぐらいは機能追加などの要望が出るがそれでも元は取れるという前提でコストを計算した結果、この価格が弾きだされたのではないだろうか。

ちなみに、3ヶ月とか5人とか2年といった数字に根拠はない。筆者の感覚である。「初期投資を後から回収するモデルである」ということを伝えるために具体的な数字を書いただけなので、実際の納期などは大きく異なる可能性があるので注意して頂きたい。

双方にとっての利点

お客にとっての利点は明確で、何より初期投資が必要ないという点は大きい。月々のリーズナブルな使用料金だけ支払えば良いので、比較的簡単に始められるだろう。アジャイルの特徴である「開発途中でも動いているものを見ることが出来る」ということも大きなメリットであろう。改めていうことでもないだろうが、具体的に要望を出すことが出来きるので、希望に沿った使いやすいシステムになる可能性が高い。

永和システムマネジメント社側にとっての利点は、一件あたりの投入する人数が少なくて済むということが挙げられるだろう。大規模開発ではないのでその分一件あたりのリスクは軽減される。当然ながら、儲かるビジネスであるということは最大のメリットであると言える。

注意すべき権利関係

新しい契約形態での受託サービスというスライドは既に目を通されただろうか?16ページとボリュームは多くないので、まずこのスライドに目を通す必要があるので見てみよう。注意すべき点はP.15「解約」およびP.16「権利関係」である。「解約」のページでは、ユーザーは何時でもサービスを解約することが出来るとしている。解約時の費用は発生しない。いつでも、システムが不要になったら解約が出来るのである。一方、解約時にソフトウェアを含むシステム一式を返却しなければならないということが記されている。さらに、「権利関係」のページでは、ソフトウェアの著作権は永和システムマネジメント社側にあり、ソースコードは納品されないと書かれている。即ち、解約=システムの使用停止である。

カンが良い人なら思うだろう。これは最悪のロックインではないのか?と。

既に述べたが、このサービスはお客さんが長く利用すればするほど利益が出るようになっている。なので、ロックインをすることはサービス提供者側のビジネス戦略としては非常に正しい判断であると言える。データは戻ってくるようなので、将来的にシステムを刷新して移行するということは可能なのだが、システム刷新+移行には高いコストが掛かるので、そのコストがロックインの状況を作り出すことになるのだ。ロックインされることが嫌なユーザーは注意すべき点であろう。

ロックインは悪か?

フリー(自由な)ソフトウェア支持者としては、ロックインは忌むべきものであると断言する!だが、受託開発においてユーザーがロックインされているのは何も今に始まったことではない。このマーケットでは、ユーザーがロックインされない例のほうが珍しいのではないかと筆者は思う。確かにソフトウェアのバイナリが残っていれば一応システムを使い続けるおとは出来る。だが、バグが発生したら?機能を追加したくなったら?そういう時はソースコードが必要だ。だが、例えソースコードが納品されていてもほとんどのユーザーはお手上げだ。なんせ自分では開発出来ないから受託開発を依頼したわけなのだから。

ソースコードを持って他のSIerに駆け込んではどうか?筆者はそれも無理があるのではないかと思う。ソースコードや仕様書だけがあっても、そのソフトウェアがどのような仕組みになっているかを理解し、修正したり機能を追加したりするのは容易なことではないからだ。やはり開発に携わった開発者や業社が、そのソフトウェアを一番よく理解しているし、他人の書いたコードを読むのは苦痛を伴うものだ。(時には過去の自分が書いたものでさえ読むのは苦痛だというのに!)規模が大きくなればなるほど、他のSIerが改修するが困難になるだろう。やはりユーザーは既にロックインされているのである!

同じくロックインされているのであれば、後は程度の問題である。最終的にユーザーはどれだけのお金を払うか?ということ、そして、システムの品質が重要になってくるだろう。ユーザーにとってはコストパフォーマンスで勝っていることが重要ではないかと思う。市場競争において重要なのはこの2点なのだ。如何に低価格で高品質なモノやサービスを手に入れられるかが重要なのだ。永和システムマネジメント社の資料によると4年目以降はサービス利用料金が半額になるそうなので、この点は良心的であると思う。(ソフトウェアベンダーは古いシステムの保守に対して割り増し料金を取るのが常だ。)

なお、ユーザーがロックインから逃れる方法としては、現在利用している自社の業務アプリをオープンソースとして公開するというウルトラCを過去に紹介したので興味のある人は参照して頂きたい。

ライバルはSaaS

スライドのP.13には「SaaSではありません」という注意書きがある。ハードウェア、ソフトウェア込みでシステムを納品してもらうことになるので、当然SaaSではない。だが、初期投資が必要ない月極料金であること、ソースコードが手に入らないこと(解約=使用停止)という性質はSaaSと非常に似通っている。筆者的にはSaaSこそが最悪のロックインだと思うのだが、初期投資の安さなどからユーザーはこぞってSaaSの利用を検討しているところだろう。SaaSと比べたとき、アジャイルの利点は何だろうか?それは恐らく圧倒的な柔軟性という一点に尽きると思う。一方、SaaSの利点は直ぐに使い始めることが出来るというものだろう。開発そのものが必要ない(場合がある)。SaaSとアジャイルについては、Publickeyの以下の記事が興味深いのでぜひ見て頂きたい。

アジャイル開発とクラウド(SaaS)利用の位置づけ、SIerの生きる道
http://www.publickey1.jp/blog/10/saassier.html

まとめ

ロックインという懸念はあるものの、アジャイル開発手法を活かしたユーザー・SIer双方に利点のある素晴らしい取り組みであると思う。ユーザーにとっては受託形態の選択肢が増えるし、アジャイルのメリットを享受する機会が出来たわけである。そのようなサービスが実現可能なのは「月額制」という価格体系であり、「アジャイルで契約をもらうなら月額料金がいいんじゃないか」という永和システムマネジメント社の洞察力に感心する。言われてみればその通りであるが、その発見はまさにコロンブスの卵であると言えよう。SaaSだけでなく、既存の受託開発サービスとも良い勝負をして頂きたいと思う。

永和システムマネジメント社にとっての課題は、如何に効率的な開発を行うことが出来るかということだろう。言い換えると、アジャイルであることを如何に活かせるか?ということに掛かっているということだ。アジャイルの利点を活かして如何に効率的な開発を行い、そしてシステムの品質を高めてユーザーのニーズを満たすか。それがもっとも重要なのだ。永和システムマネジメント社が成功すれば、それを見たライバル達は同様のサービスを提供することになるだろう。そのとき真価が問われることになるのは必至である。

新しい取り組みにはリスクがつきものだ。最初に何か新しいことを始めた者には、つまり先駆者になった者にはアドバンテージができるとは言え、そのリスクを取ることが出来るのは本当に勇気が要るものだ。そして、成功すれば市場に新たな競争を吹き込むことになるだろう。永和システムマネジメント社の英断に敬意を表して今回のエントリを締めくくることにする。

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