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2014-06-20

特許は大企業がビジネスを支配するための道具である

先日、特許制度の問題点について書いたばかりだが、更に悪いニュースが飛び込んできた。

社員の特許「会社のもの」に 報償金条件、来年法改正へ:朝日新聞デジタル

今日は、もしこの法改正が通ればどのような不利益が国民に降りかかるかということを考察する。ひとつめは、現行の特許制度の枠組みの中で、この法改正によって何が起きるのか。もうひとつは、特許制度そのものの問題点についてである。

企業の支配力だけが強くなる

この法改正が意味するところは、どのような偉大な発明を行った場合でも、一定の金額さえ支払えば企業はその特許を自分のものに出来るということだ。過去には、企業が巨額の特許使用料を社員に支払うことになった例もあるが、もしこのような法改正が行われると、社員がそのような報酬を得られる機会は失われてしまう。一方、企業はどれだけその特許を用いて利益を得ようとも、社員に大きな対価を支払うリスクから解放されることになる。その結果、社員は企業に服従する以外になくなってしまうだろう。

法律でそのように決められてしまったら、社員は転職しても同じような憂き目にあうことになる。なのでどこにも逃げ場はない。企業の支配力だけが強くなってしまう。いくら研究者として頑張っても、企業に搾取され、使い捨てられる未来が待っているということだ。

テクノロジー系のスタートアップが大企業にはなれない理由

これは日本に限った話ではないが、テクノロジー系のスタートアップ企業はどこかの大企業に高値で買収されることを最終目標にしているか、目標にしていなくても最終的にそうならざるを得ないことが多い。これは何故か。もちろん特許のせいだ。

何らかの製品を販売しようとする。他社に特許のライセンス料を払わないようにしようとすると、該当しそうな特許を全てよけて製品をリリースしなければならない。だが、そんなことは実質的に不可能である。<反>知的独占の書評で「キヤノン特許部隊」という書籍についても紹介したが、例えばプリンターひとつとっても、過去にはゼロックスが600もの特許で自社の技術を独占していたというような状況がある。該当しそうな特許を全て調べあげていてはいつまで経っても製品は完成しないし、もし仮に抵触している特許が見つかった場合、その代替の実装方法を考案しなければならないし、もしかするとどうしても代替の実装はないかも知れない。

書籍「キヤノン特許部隊」では、キヤノンはゼロックスの特許に一切抵触しない新技術を使ったプリンタを開発し、しかもそのプリンタ技術がゼロックスの技術より効率が良くどんどんシェアを伸ばして言ったため、最終的にゼロックスからクロスライセンス契約の申し出を受けたという成功談が綴られている。だが、そんな対応はどのような企業でもできるわけではない。とりわけ、体力がまだないスタートアップには到底無理な話である。

とはいえ、まだまったく小さく、それでいて資金もないスタートアップに対して特許訴訟を起こしても、大企業にとって何のメリットもない。だから、スタートアップがある程度成功して、資金を手にした頃にそれを巻き上げるべく、特許訴訟を起こすのが最も賢いやり方となる。訴訟を経て巨額の特許使用料を支払ってしまうと大損することになる。それを回避して利益を得るには、大企業に会社を売っぱらってしまうのが確実なのである。スタートアップ企業は通常、、自社製品を独占販売するために中核となる技術については特許を取得しているものである。スタートアップ企業を買収することで、大企業はまんまと新しい特許も手に入れることになり、さらに支配力が強くなっていく。

では大企業に買収されず、なおかつ訴訟もされずに済む方法はないのだろうか。実はある。

特許によって訴訟を起こされるのは、特許を含んだ製品やサービスを販売するからである。そういった活動を行わなければ訴訟を起こされる心配はない。何らかの技術について特許を取り、その特許を他社に売り込んだり、あるいは抵触してそうな製品を見つけて訴訟を起こし、他社から特許ライセンス料を得るという方法なら、他の企業から特許訴訟を起こされることなく儲けを得ることができる。とはいえ、特許に記載された技術が実際の製品開発に役立つことはほとんどなく、多くの場合抵触してそうな製品を見つけて訴訟するというのがそういった企業の主な収入源となる。

この話を聞くと、そんな企業活動は世の中の役に立たないではないかと思われるかも知れない。私もそう思う。そういった企業はパテント・トロールと呼ばれている。特許という制度がある限り、パテント・トロールのように、製品やサービスを一切リリースせず、社会に何も貢献しないような企業だけが儲けを手にすることになる。

従って、職務発明による特許が会社のものになってしまうからと言って、「自分で会社を起こして製品を作ろう!」などと思っても、その取り組みが上手く行く公算は非常に低いのである。金を儲けたいだけならパテント・トロールになるべきだろう。

日本の労働者のサバイバル

もしこの法改正が通ってしまったら、職務発明というものから得られる報酬の期待値は、大きく下がることになる。

だがその一方で、先に述べたように企業から離れて自分で会社を起こすという取り組みもうまく行く公算は低い。(ただし、パテント・トロールになるという非倫理的な選択肢を除く。)大企業は無数の特許による巨大な要塞を築き、どんどん支配力を強めていく。弱小の企業が大企業に太刀打ちできないのであれば、良い収入を得ようとすると大企業にしがみつくしかない。

このことから単純に導き出される帰結として、この法案が示すメッセージは社員はほどほどの収入で満足してせっせと会社のために尽くせということだ。欲など出さずに心を無にして会社に搾り取られろ!ということだ。そのような働き方で社員は本当に満足なのだろうか。しかもさらに悪いことに、いくら働いても残業代すら出なくなる!八方塞がりではないか。

このような状況にあるのなら、実力のある人は思い切って海外へ出てみてはどうだろうかと思う。どの道、日本は政府の財政も危うく、このまま税金が上がり続けてしまうのは目に見えている。特許を取り巻く事情はアメリカも変わらない(というかもっと酷い)けれども、少なくとも実力あるいは技術力に支払われる対価は日本のそれよりも高い。経団連と政府がこのような政策を推し進める態度を改めない限り、日本の大企業に正当な見返りを期待するべきではない。もはや優秀な研究者にとって、日本の企業で働く意味はなくなってしまうだろう。まだ若く、これから様々なことにチャレンジする気力があれば、どうせなら見返りの多い道に進むべきである。

とは言え、いきなり海外の企業に入るのは敷居も高いし、向こう側の企業にとっても、コネも実績もない人を社員として受け入れるだけの理由もない。そこで、外資系企業をおすすめしたい。外資系ならば、企業によっては海外にある本社へ赴任するパスを持っているところもある。当然、そのような切符を手に入れるには相当な努力、そして運が必要であるが、何の希望も持てない日本企業で飼い殺されるよりはずっとやりがいがあるのではないかと思う。また、外資系は平均すると日本企業より報酬も高いところが多い。ただし安定とは無縁なので、いつなんどき切られても大丈夫なように、実力を磨いたり、業界の変動に対するアンテナをはっておいたり、コネを大事にしておくといったサバイバルが必要になるだろう。

もし既に日本の大企業で働いているというのなら、是非海外赴任をおすすめしたい。そうすれば現地でコネもできるし、転職もやりやすくなるだろう。

海外でなんか働きたくない、日本が良いという人は、業種をよく見極めるべきである。とりあえず、ウェブ系の企業ならば特許の影響はまだ少ないので、スタートアップが成功する見込みは他の業種よりは高いかも知れない。(アマゾン、グーグル、フェイスブックなどが大企業になれたのは、ウェブが特許による攻撃を受けにくいからである。)

特許の存在意義とは何であろうか

先日書いたエントリ、「特許制度が破綻していることを示す最近の2例」に興味深いブコメがついたので紹介したい。

引用:特許はイノベーションの加速、技術開発の推進するものじゃなくて先行者が富を独占するためのものだし。そりゃ利益享受中は社会全体のイノベーションは減速するだろうよ。

いや、よく分かってらっしゃる。まったくもってその通りで、私もこの点に強く同意する。

その上で私が言いたいのは、先行者が富を独占し、イノベーションを減速させるような制度は社会にとって必要なのかということである。あらゆる社会システムは、社会に対して何らかのメリットがある、つまり公益になるから存在しているはずである。ならば何の公益にもならず、社会にとってイノベーションを減速させる足かせでしか無い特許という制度は、果たして本当に必要なものなのだろうか。

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