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2011-08-31

今世紀最悪の不必要悪、特許神話を打ち砕く!!〜後編〜

前回のエントリに引き続き、なぜ特許が世の中のためにならないかということについて語ろう。「近日公開予定」などと言っておきながら、更新に一ヶ月もの間が空いてしまった。続編を楽しみにしていた読者の方には大変申し訳ない。

さて、今回のエントリについて結論から先に言うと、「特許が役に立つ」というのは一種の洗脳であるというのが筆者の主張だ。エジソンやワットの逸話を子供の頃から聞かされ、論理的な考察なしに特許が役に立つものだと思い込まされているのである。本エントリを読んでいるあなたがこれまで生きてきた中で、「本当に特許は社会のためになるのか?」ということについて、考え、検証する機会を持ったことはあっただろうか?ほとんどの人にとっては、そのような議論をする機会はなかっただろう。

特許は専門家のためのものではない。我々一般市民の生活に関わる制度である。にもかかわらず、現状は特許は法律家や専門家によって牛耳られている。彼らは特許がなければ職を失うので、口を揃えて「特許は役に立つ」というだろう。だが、それは間違ったプロパガンダである。

特許が役に立つと主張する側の唯一の根拠

特許が役に立つと主張する根拠はひとつしかない。それは、「特許を取得することがモチベーションになるから、発明がより活発に行われるだろう」という希望的観測だ。特許はアイデアの独占権であり、そのアイデアが役立つものであれば多くの金銭を儲けることができるだろう。独占権というアメを与えれば、発明家の活動が活発になるというわけだ。したがって、いち早くアイデアを特許として登録してアメを得ようとするのは、一見すると理に適った行動のように思える。「多くの発明家が活発に発明を行えば、科学技術が発展して人々が幸せになる」というのが、特許を擁護する側の典型的なシナリオであると思う。

この主張は一見するともっともらしい。だが、そのように特許が役に立つということはちゃんと検証されていないし、アメを与えればモチベーションが向上するというのは、根拠としてはとても薄い。いわば皮算用なのである。検証されていない皮算用的な主張を鵜呑みにしてはならない。これは、聡明な読者諸君にとっては常識と言っていいだろう。

特許の皮算用だけを特別扱いする理由はどこにもない。

社会的コストを押し上げる

特許がなぜいけないか。その理由としてまっ先に挙げられるのは、特許の本質が独占であるということだ。言葉を変えると、反競争的ということである。資本主義経済、つまり自由競争によって成り立っている経済にとっては、競争を阻害する要因は害悪であり、最大限取り除くよう努力すべきである。もし、独占が資本主義の発展にとって必要だと主張する経済学者が居たら、簀巻きにして物置にでも放りこんでおこう。どんな理屈を並べ立てても、独占は資本主義経済にとって有益には成り得ないのである。

もっともシンプルかつ分かりやすい「独占」の弊害は、製品の価格が上昇するということである。そして、それは我々の生活に反映されることになる。アイデアを独占すれば、他に同じ製品を作れるライバルは居ないわけだから、販売する側は儲けを最大化するために価格を引き上げることが可能になる。これは、消費者にとって由々しき問題である。

日本では、医療費の増大が、国が傾いてしまうほどの社会問題になっているが、その背景には高額な医薬品の販売価格がある。なぜ医薬品は高額なのか?その理由の筆頭は、やはり特許である。ライバルたちは、同じ医薬品をもっと安く製造・販売することができるにもかかわらず、特許で防御されているせいで手が出せないのである。医薬品が如何に高額かということは、ジェネリック医薬品の販売価格を見れば一目瞭然であろう。

独占による企業の利益が優先され、国が転覆しようとしている。そのような状況を放置して良いのだろうか?

特許によって生じる負の効用

特許がよくない理由は、なにも独占だからというだけではない。特許が役に立つかどうかということは、その利点(?)である「特許を取得することがモチベーションになるから、発明がより活発に行われるだろう」という点だけを捉えて語ってはいけない。何かを評価するときには、必ず利点だけでなく欠点についても十分に吟味する必要がある。従って、特許制度によって生じるであろう様々な負の効用=弊害も踏まえて評価しなければ、本当に特許が役に立つかどうかということを評価したとは言えないのである。(麻薬だって副作用を無視してその効用だけに注目すれば、「麻薬はとても良い物である」という評価になりかねない。だが、メリットを遥かに上回る弊害があるから法律で禁止されているのである。)

特許による負の効用には次のようなものが挙げられる。

  • 特許の出願に手間と費用がかかる。
  • 審査に時間がかかる。
  • 既に登録されている星の数ほどある特許を検証しなければいけない。
  • ライバルと特許訴訟で戦うために弁護士費用がかかる。

いずれもコストの増大につながり、迅速な開発を阻む要因ばかりである。このようなデメリットは、本当に「特許によるモチベーションによって発明が加速される」というメリットによって相殺される、またはメリットのほうが上回るといえるだろうか?

特許なしでは業界が成り立たない?

特許が必要だという人の中には、次のような理由から特許が必要悪だという人がいる。

新しい技術や新薬を開発するには莫大な資金が必要だ。だから特許による見返りがなければ投資に見合わない。我々が技術や新薬を開発せずに、誰ができるというんだ?

このような脅しに対する回答はこうだ。

「競争原理によって成り立つ市場では、そのようなプレイヤーは淘汰されて結構。より効率的に、限られた資金で開発ができる企業だけが生き残れば良い。」

だいいち、需要がある限り新しい技術や新薬に対する投資は行われる。なぜならば、新技術を用いた製品や新薬を適正な価格で販売すれ儲かるからだ。利益が出ないようなら(販売価格が原価に適正な利潤を加えた価格を下回るようであれば)、そのビジネスからは撤退すればいい。無くなって困るようなものであれば、需要が尽きることはないので、市場が飽和していなければ(供給過多でなければ)利益は出るだろう。市場がすでに飽和しているのであれば、その市場への新規参入をしなければ良い。

特許という制度を利用しなくてもやっていける企業だけが残ればいいのである。

特許を必要としているのは誰か?

ここまで読んで下さったなら、特許制度は世の中=多くの人々や企業にとって不要なものであることはご理解いただいていると思う。では誰が特許を必要としているのだろうか?代表的なものとしては、次のような人々が特許を欲していると筆者は考えている。

  • パテントトロール
  • 特許庁
  • 弁護士および弁理士
  • 既に特許に多くを投資した企業

つまり特許という仕組みに乗っかって生きている人々である。(パテントトロールについては前回のエントリ参照。)特許が必要ないということが世の中の人にバレてしまうと、特許庁は存在意義が失われてしまうだろう。従って特許庁はこれからも特許の有用性についてでっち上げプロパガンダを行うだろうし、特許訴訟を専門に扱う弁護士は、金の成る木である特許が不要である!などということを断じて認めることはない。既に特許に力を入れてきた企業は、自らの投資が過ちだったなどと言われても、決してその事実を受け入れることはないだろう。

彼らは決して「特許は不要である」などとは言わないだろう。電力会社が原発の危険性や不採算性を認めないのと同様に。彼ら利権者と「特許は必要か?」という議論をする際には、その点に十分に注意されたい。

20年後は日本企業が特許に阻まれる。

日本は現在特許取得数では米国について第2位につけている。

参考: 米特許取得件数、2010年もIBMが首位――増加率では94%増のAppleがトップ

米特許がなぜ重要かというと、米国で製品を販売する際に適用されるからからだ。米国は最大の市場であり、その市場での販売には特許が常につきまとう。

ところで、米国特許は現在出願から20年継続すると定められている。従って現在保有している特許は、20年後にはすべて消失してしまっていることになる。言い換えれば、20年後に有効な特許は「これから出願したもの」に限られるわけだが、日本企業がこれまで同様の特許取得ペースを維持できるかどうかは甚だ疑問だと言える。発明を行う主体は人だ。だから、特許の取得合戦では、最終的にはマンパワーが多いほうが勝つ。少子化が極度に進む日本が、将来的にも現在と同等の特許取得件数の水準を維持できると考えるのは、いささか楽観過ぎるだろう。むしろ他国に遅れを取ると考えるほうが自然ではないか。特に圧倒的な人口を誇る中国は脅威である。

参考: 2010年国際特許出願、中国が韓国を抜く。パナソニック連続1位

今日本は自国の特許をもって、他国の経営を妨害する立場にある。だが、20年後には反対に日本が他国の特許に阻まれる立場になるはずだ。従って、長期的な視点に立てば、日本は他国より優位な立場にあるうちから、特許制度を見直すように働きかけるべきなのである。今なら他国は話を聞いてくれる。日本が劣勢になってから過ちに気づいたってもう手遅れなのだ。

ウェブ業界はなぜ発展するのか。

なぜウェブがこれほど栄えたか、そして今も活況なのか。もちろん流行によって活気づいているという面もあるだろうが、それよりも何よりも、ウェブが特許による攻撃から逃れている稀有な分野であるということを見逃してはならない。

これまでウェブにも特許の脅威というものはあった。例えばハイパーリンク特許やワンクリック特許、GIF特許などだ。しかし、そうした試みはこれまでのところあまり上手く行っていない。


これらの特許はあまりにも広範すぎる。特にハイパーリンク特許はウェブの根幹をなす「リンクをクリックする」という仕組みに対して課せられる特許であり、今は誰もが当たり前のように利用している。それが特許によって禁じられてしまったり、利用時にライセンス料を要求されたりすればどれほど不便かは、火を見るより明らかである。

ウェブにおいて特許があまり問題にならない理由のひとつとして、HTMLが標準化されているという点は非常に大きいと思う。さすがに標準化された技術に、(先見的な発見であるはずの)特許が入り込む余地はあまりない。従って、HTMLを生成するウェブアプリならば、特許の標的になるリスクは殆どないというわけだ。

HTMLを生成する過程であれば特許を主張できるかも知れない。だが、そのような特許を取得しても、その特許が実際に使われているということを発見しないと、訴訟を行うことは出来ないだろう。そして、ウェブアプリが動いているサーバーの向こう側は我々からは見ることは出来ない。つまり、どのようにHTMLの生成が行われているかは分からないのである。すると、特許に該当する技術が使わている可能性があっても、それを証明する術がないのである。

特許廃止は復興の特効薬

東北地方太平洋沖地震によって、日本の経済は大きな痛手を負った。その影響は、今後数年で徐々に浮き彫りになり、日本が景気の低迷に苦しむであろうことは疑いの余地がない。景気の低迷を食い止めるには、税金を安くするのが効果的だが、復興のための財源を確保しなければいけないことを考えると減税は難しそうだ。それどころか、今度の首相は増税派だ。お先真っ暗である。そのような状況を放置しておくと、日本の経済は低迷から脱出しないか、低迷から脱出したとしても非常に長い時間を要することになるだろう。

そのような苦しい状況を打破することのできるとっておきの方法がある。それはもちろん特許制度の廃止だ。

特許がない、もしくは特許の影響力がとても弱いマーケットというのは、新たにその市場に参入しようとする者にとっては非常に魅力的だ。特許を理由に訴訟されるリスクがないからだ。もし日本が特許制度を捨て去ることに成功すれば、その市場を狙って海外から企業がわんさと押し寄せることだろう。すると日本の市場は盛況となり、経済活動が活発になって、さらには外資系企業が来ることによる税収の増加も見込めるようになる。

国内企業も特許の精査や申請にとられていた時間を開発などの有意義な活動に回すことができるようになるし、特許にとらわれない自由な製品設計ができるようになることで、製品の競争力が増すことが予想される。製品の競争力が高まれば、海外での販売も増加するだろう。そして景気が回復して万々歳というシナリオだ。

そんなに上手く行くわけがないだろう?と思われるかも知れないが、現実には特許の影響力が少ないことで上手く行ってるモデルケースがある。

今、先進国は経済の低迷で苦しんでいるが、その原因のとても大きな要因として特許は無視できないと筆者は考えている。その一方で、台湾やインド、中国などはITが発達し、景気は上々である。なぜそれらの国ではIT産業が発展したのか。その理由は単に人件費が安いから雇用や下請けを獲得したというだけではない。米国特許の影響から逃れたい企業が進出したという点は、決して見逃してはならない点である。産業の発展には、特許の影響力が少ないほうが有利なのである。

先進国は特許で自国の企業を守ろうとした。その結果、企業という枠組みを守ることにはある程度成功しているかも知れない。特に企業の価値を株価で測れば、失ったものは少ないと言えるのではないだろうか。だが、雇用や技術といった、企業活動の原動力とも言える大切なものが、特許の弱い海外へ流出してしまった。産業の空洞化は、国の経済や企業活動に大きな影を落とすだろう。企業という傀儡を守っても国は発展しない。この流れを変えるには、特許制度を廃止する以外に道はないのである。

ところで、もし国内で特許制度を廃止できたとしても、海外へ輸出する際には輸出先の国の特許法が適用される点については言及しておきたい。国内では特許を気にせず真剣に製品の改良に取り組み、その一方で輸出先の国では特許のポートフォリオを揃えて防御をする、といった対策が必要になるかも知れない。特許がないか、特許が弱い国へ輸出すれば、訴訟の標的になることはないので、アフリカ等の地域のマーケットを狙う戦略も重要になるだろう。

ルールを見なおそう

特許というルールは、我々が生まれた時にはすでに存在していたし、世界で(特に米国の影響下にある地域では)共通の考え方である。ほとんどの人は特許という概念を疑いを持たずに受け入れ、そして論理的な根拠を無しに制度を肯定している。科学技術発展のために必要なのだと考えているのである。それが事実かどうかも考えずに、である。これはある意味洗脳と言えるだろう。まるで原発の安全神話のようである。

しかし、実際に特許が社会にもたらしたのは素晴らしい科学技術の発展ではなく、製品価格の上昇、人材と技術の流出、そして産業の空洞化である。製品価格は上昇し、我々の生活をも脅かしている。特許を利用して潤っているのは特許屋だけだ。特許屋は、「特許は科学技術の発展にとって必要です」と、今日も高らかにプロパガンダするだろう。だが、事実はその真逆であり、特許のない業界や市場は素晴らしく発展している。我々は特許制度の過ちに気づいて、ルールを変えるべきなのである。

先日、ボルトがフライングをした件で、為末大氏がコメントをしている。「日本人はルールを変える発想が無いので、ルールが間違えてるのではなくて自分が間違えてると勘違いします」と。あながち日本人だけではないと思うが、ルールを無条件で受け入れるのは間違っている。民主主義ではルールは自分たちで作るものだ。より良い世界になるように、常に現在のルールを疑い、どのようなルールにするべきかを徹底的に議論するべきなのである。

13 コメント:

hideki さんのコメント...

とても興味深い記事でした。ありがとうございます。

> 特に圧倒的な人口を誇る中国は驚異である。
> これまでウェブにも特許の驚異
脅威?

Mikiya Okuno さんのコメント...

hideki さん

コメントありがとうございます。ご指摘の通り、脅威ですね。修正しました。

kingtosh さんのコメント...

特許を廃止したら、劣悪なコピー商品が氾濫するだけでは?
現状でも、中国や韓国はルール無視で突き進んでますよ。
それから、製造部門を持たない最先端技術の開発を専門としているベンチャー企業は消滅してしまいますよ。

Mikiya Okuno さんのコメント...

kingtosh さん、

コメントありがとうございます。

> 特許を廃止したら、劣悪なコピー商品が氾濫するだけでは?

問題ありません。劣悪なコピーは市場で淘汰されると思います。

> 現状でも、中国や韓国はルール無視で突き進んでますよ。

米国の家電市場では、日本は影が薄くなりましたね。

> それから、製造部門を持たない最先端技術の開発を専門としているベンチャー企業は消滅してしまいますよ。

特許のライセンスで儲けている企業なら消滅してもいいと思います。実際に製品を設計しているのなら、製造する企業と秘密保持契約を結べばいいと思います。

ruhenheim さんのコメント...

身を守る事に執心していたんだ、って事実を突きつけられた感ありです。(自身で特許とった訳ではないですが)

(以下私の見立て)
素晴らしい発明を行った方々は、共通して"無私","大我"というか"社会貢献"というか、、
上手く言えませんね。。
高い志があるように思います。

それ以外の発明は類似発展系、といいますか。これらに特許のような独占権が付与される必要はないと私も思います。
※事象の全ては、先人のルーツに起因している、とも言えますからこの切り分けは、甚だ困難なのかもしれません。

ただ、強い向上心を持った国々(中国など)と今後いい意味で競争し合うには、胸襟を開く度量の広さ・強さが功を奏す、そのように拝見して感じました。

Mikiya Okuno さんのコメント...

ruhenheim さん、

コメントありがとうございます。

現場で一生懸命発明に取り組んでらっしゃる研究者の方々や開発者の方々は素晴らしいと思います。私はそういった方々の活動を責めるつもりはありません。あくまでも、発明の対価として特許制度は間違っていて、そのことについてもっとよく考えて欲しいというのが私の望みです。

現在の特許によって得をするのはせいぜい現役世代の既得権者までだと思います。とはいっても、社会全体で見れば特許クレームや訴訟に費やされる時間を考えると、特許制度が果たしてメリットがあると言えるのかどうか疑問です。

特許についてはこれからも何度か触れるつもりですのでお楽しみに。

Yasufumi Kinoshita さんのコメント...

ソフトウェア特許に限定するならば構わないが、特許そのものの不要を説くのは些か傲慢に感じます。

研究開発費を回収する手段は必要です。でなければ、クリエイティブな人が負けの世界となる。多くの分野において製品のリバースエンジニアリングは可能で、高い品質のコピー製品をつくることは可能。研究開発費を回収する必要のないコピー品は安い値段設定が可能で、同じ物で高い物と安い物があれば安い物が選ばれる。

製品の研究開発などせずに虎視眈々と盗むアイディアを探すのがビジネスの最適解となるのを回避するルールが必要です。代替案の提示無く延々と批判のみを繰り返しても無駄だと思います。

Mikiya Okuno さんのコメント...

Kinoshitaさん、

コメントありがとうございます。

ひとつ最初に言っておきたいのは、私はクリエイティブな人がもっと利益を得るべきだと思っています。そして疑問を提起しているのです。「果たして特許は本当にクリエイティブな人に報いる制度なのか?」と。その上で、特許はクリエイティブな人たちに報いるどころか、足枷にしかなっていないというのが私の意見です。

リバースエンジニアリングが出来ると言いますが、そうは言っても完全にタダで出来るわけではありません。当然時間とコストが必要になりますし、そのための技術力だって必要です。もし大した苦労もなくコピー出来るものがあったら、それはそんな大したものではないということです。リバースエンジニアリングの限界は、例えば第三者がインテルのCPUをリバースエンジニアリングして、インテル以上に高速なものを作れるか?ということを考えてみれば分かると思います。また、リバースエンジニアリングができたとしても、それを採算が取れるコストで(しかもライバルより安く)生産するのは容易いことではありません。もしリバースエンジニアリングによって第三者が安い類似品を作成できたとしたら、元の製品は大した技術を使っておらず、なおかつ生産のコストをつめるのも甘いかボッタクっていたと言えるでしょう。

優れた製品を生産するには、優れた技術が必要であり、その原動力となるのは言わずもがな技術者です。競争が激しい世界だからこそ、常に最新の技術を持った「クリエイティブな」技術者が重宝されるのだと思います。

> 製品の研究開発などせずに虎視眈々と盗むアイディアを探すのがビジネスの最適解となるのを回避するルールが必要です。

模倣だけでビジネスが成り立つほど甘い世の中ではないのは確かです。製品としてどれだけの完成度があるか、またアフターケアがどれだけしっかりしているかといった点や、マーケティングやブランディングなども重要です。(それはMySQL界隈を見て頂ければ分かると思いますが・・・。MySQLはfork可能ですが、本家以上に儲かるビジネスをするのは難しいと思います。)

> 代替案の提示無く延々と批判のみを繰り返しても無駄だと思います。

特許不要論については今後も色々と書くつもりなので、多角的に如何に特許が不要かということを説いていきたいと思います。

ちなみに、私の立場は「特許は不要」というものです。原発のように、その機能が失われることで何か不都合が生じるものであれば代替案は必要ですが、そもそも不要なものには代替案は必要ありません。ただ単に無くせばいいだけです。

特許がクリエイティブな人のためになるというのは幻想です。実際は、特許訴訟によるリスクが増大するばかりで、自分で特許を取っても経営者や株主、VCに吸い上げられるだけです。起業したとしても、大企業による買収をゴールにしないといけない。

不幸の始まりは、特許制度の有用性が確認される前に、制度が開始されてしまったことです。本当は、特許の有用性が証明されてから、制度を作るべきだったのです。

もうひとつ誤解のないように言っておきますが、現行の制度において企業が戦うには特許戦略は重要です。戦略を誤ると経営が傾くことになると思います。なので、現場で奮闘している人たちを悪く言うつもりはありません。特許制度そのものについて、これは本当に必要なのかということを冷静に考えてみて欲しいというのが、エントリの趣旨です。

Yasufumi Kinoshita さんのコメント...

私が気づいて欲しいことは、

もしも、特許そのものの議論をしたいのならば、世界のすべての産業に目を向ける必要があるということです。Okunoさんの記述は、IT関連の研究開発にしか目を向けていない様に見えるのに、それだけを根拠に特許すべての必要性を説いています。悪い言い方をすれば、自分に都合のいい証拠だけ集めて論理の飛躍で人を騙そうとしているように見えるのです。(まぁ、他産業の人は決して騙されないでしょうが。)

例えば製薬業界はどうでしょう?原子・分子構造の織りなす膨大な解空間から目的の効能を人体に悪影響無く発揮する、針の穴ほどの解を探す作業です。ゆえに「成分解析、精製」を正確にやることは、その解探索のコストに比べると非常に小さくなります。(解探索のための基礎技術でしょうから。)
http://www.jga.gr.jp/general/faq01.html

問題は特許制度の歴史上、比較的新しい分野であるところのソフトウェア絡みの技術への適用が稚拙でいい加減に行われてしまっている、と言うことには賛同できます。その解決策の一つとして特許制度が適用できない分野としてもいいのではないか?と言うならばそこまでは付いていけるのですが、急に特許全体の話をされては怪しすぎです。

飛躍が激しいほど、残念ながら寧ろ洗脳しようとしてるのはこの記事に見えてしまうのです。。。手段と目的が逆になっていませんか?特許制度に恨みがあるのは解りましたが、目的はソフトウェア絡みの産業のクリエイティブを守ること。特許制度の破壊が目的ではないはず。

Yasufumi Kinoshita さんのコメント...

レスポンスが欲しいので、もう少しレスポンスし易く言い換えます。

> 代替案の提示無く延々と批判のみを繰り返しても無駄だと思います。

何の代替かということです。

権利を認めると、競合する場合に権利の争いが発生します。知的財産権の存在を認めた場合もそうです。少なくとも、クリエイティブのオリジナリティを主張する物だと考えています。特許権は知的財産権の一部です。それに関する争いを調停するルールが特許制度であると私は理解しています。

Okunoさんは特許制度は不要とおっしゃいますが、つまりは「技術意匠に関する知的財産権」を否定しているのでしょうか?それなのに「クリエイティブな人がもっと利益を得るべき」とクリエイティブな人のための権利を否定しながら言うのです。制度があるから争いがあるのではありません。争いを調停するために制度があるのです。特許制度・特許権を否定するからには、それに替わる知的財産権の調停方法、または争いが発生しない知的財産権の考え方が必要と思います。しかも、特許制度が影響している地球上のすべての分野で。

そこのところの説明が無い限り、浅い私怨と偏見で特許制度をDISっているように見えてしまうので注意が必要です。

役に立つか立たないかではありません。そんなもの立場によって違うでしょう。権利を認め、争いが発生し、調停しているのです。

Mikiya Okuno さんのコメント...

> 私が気づいて欲しいことは、
> もしも、特許そのものの議論をしたいのならば、世界のすべての産業に目を向ける必要があるということです。Okunoさんの記述は、IT関連の研究開発にしか目を向けていない様に見えるのに、それだけを根拠に特許すべての必要性を説いています。悪い言い方をすれば、自分に都合のいい証拠だけ集めて論理の飛躍で人を騙そうとしているように見えるのです。(まぁ、他産業の人は決して騙されないでしょうが。)

この点についてはちょっと納得しかねる指摘です。元々このエントリ(前編・後編)は、特許の一般的な話題を扱ったものであって、IT関連に絞った議論はしていません。IT関連のトピックとしては「ウェブ業界はなぜ発展するのか。」と題して扱っていますが、それはあくまでも「特許の影響がない分野は発展しますよ」という例を挙げたに過ぎず、IT産業における特許の驚異のような話は一切していません。

元々すべての産業に目を向けて発したエントリです。前後編共に。

もちろんですが、私には「騙す」という意図はありません。騙すというのは真実ではないことを信じこませようとする行為ですが、私が主張していることは少なくとも私自身本当だと信じていることです。

> 例えば製薬業界はどうでしょう?原子・分子構造の織りなす膨大な解空間から目的の効能を人体に悪影響無く発揮する、針の穴ほどの解を探す作業です。ゆえに「成分解析、精製」を正確にやることは、その解探索のコストに比べると非常に小さくなります。(解探索のための基礎技術でしょうから。)
> http://www.jga.gr.jp/general/faq01.html

新薬の開発費は主に臨床試験に関するものです。なにせ実際に人間を使ってテストするわけですから。その他の研究開発費はオマケみたいなものです。公共性を考えると、新薬に関する臨床試験を政府がもっと支援すべきだと思います。臨床試験のコストがもっと下がれば、「研究開発費を回収するために特許が必要だ」という議論は成り立たなくなります。

とはいっても、臨床試験のコストを全額政府が持つというのは非現実的ですね。そうなったらメーカーは猫も杓子も臨床試験にかけるでしょう。するとたちまち政府の負担は肥大化して、破綻してしまいます。

バランスを考えると、私は特許以外の仕組みで独占権を与えたらどうかと思います。なぜ医薬品に対する独占の仕組みを汎用的な「特許」で担保しなければならないのか。他に妥当な仕組みがなかったからでしょうか。はたまたは米国がそうしていたから(米国にそうしろと言われたから)でしょうか。私には「特許でなければいけない理由」が分かりません。

私は以前から考えているのですが、医薬品にかんしては、特許にかわる代替案として、認可を得た者に一定期間その薬に対する独占権を与えるという制度がいいと思います。医薬品メーカーにすれば、製造法や医薬品の「新規性」などを頑張って論じなくても、対象の薬の現物さえあれば(組成さえはっきりしていれば)独占権が得られるので単純明快です。制度的にも、医薬品の独占権は特許法(経済産業省)から薬事法(厚生労働省)に管轄が変わって制度的にも分かりやすくなります。(現在は特許法、薬事法の両方の法律を順守しなければいけません。)

医薬品メーカーには「早く認可を得よう」というインセンティブが働くので、認可が早くなれば国民にもメリットになります。また、海外の医薬品を国内で認可を得ることについてのインセンティブも強くなるでしょう。特許の仕組みでは、海外の医薬品(すでに存在している医薬品)に対して独占権を与えることは出来ませんが、認可を取得した者に一定期間独占権を与えるという仕組みなら可能です。(国内で臨床試験を行って基準を満たせばいいからです。)

とりとめもなく書いてしまいましたが、特許のようは全業界に影響がある汎用的な仕組みを使うよりも、その業界専用の仕組みがあったほうが色々捗ると思います。(IT野郎なのでITで例えますが、全てを汎用のCPUで行うよりも、GPUのように目的に特化したチップを使ったほうがうまくいく場合があるのと同じです。)

> 問題は特許制度の歴史上、比較的新しい分野であるところのソフトウェア絡みの技術への適用が稚拙でいい加減に行われてしまっている、と言うことには賛同できます。その解決策の一つとして特許制度が適用できない分野としてもいいのではないか?と言うならばそこまでは付いていけるのですが、急に特許全体の話をされては怪しすぎです。

今回のエントリ前後編は、ソフトウェア絡みではなく元から特許全般についての議論です。ちなみに、私が特許全般が不要だと考えるようになったのは下記のエントリ以降です。ここで紹介している書籍をぜひ読んでみてください。
http://nippondanji.blogspot.com/2010/12/2010.html

> 飛躍が激しいほど、残念ながら寧ろ洗脳しようとしてるのはこの記事に見えてしまうのです。。。

特許制度自体が不要だという議論は、多くの人にとって常識とは異なる命題だと思います。ですが、どう考えても私には特許制度自身が社会のボトルネックになっているだけにしか思えないです。常識と異なる意見を人に納得してもらうのは、非常に大変なチャレンジです。Kinoshitaさんがそう思われたのであれば、それは私の力不足なのでしょう。

> 手段と目的が逆になっていませんか?特許制度に恨みがあるのは解りましたが、目的はソフトウェア絡みの産業のクリエイティブを守ること。特許制度の破壊が目的ではないはず。

恨みというのは少し違います。そういう感情はありません。特許が不要だというのは、客観的事実から導きだした結論です。

私の目的も少し違います。もう少し広い視点で「よりよい社会とはいかなるものか」ということについていつも考えています。ソフトウェア業界がクリエイティブであることはそのなかのひとつです。(余談ですが、ソフトウェアのクリエイティブさよりもソフトウェアの自由のほうが、私にとっては優先度が高いです。その理由は、それが「よりよい社会」にとってより大事なことだからです。)さらに言うと、社会で最も優先されなければいけないのは公益です。クリエイティブな人たちだけではなく、むしろそういう人たちの活動は、社会全体にとって役立つものでなければなりません。社会にとって害であれば、クリエイティブな人たちの活動も制限されるべきでしょう。

Mikiya Okuno さんのコメント...

> 何の代替かということです。
>
> 権利を認めると、競合する場合に権利の争いが発生します。知的財産権の存在を認めた場合もそうです。少なくとも、クリエイティブのオリジナリティを主張する物だと考えています。特許権は知的財産権の一部です。それに関する争いを調停するルールが特許制度であると私は理解しています。

知的財産とひとくくりに言っても、特許は特許法で、著作権は著作権法で規定されていますので、それぞれ個別に議論すべきだと思っています。そして、特許はオリジナリティを主張するものではなく、独占権を生じさせるためのものです。

話が拡散するのを防ぐため、著作権についての見解を述べるは控えておきます。

> Okunoさんは特許制度は不要とおっしゃいますが、つまりは「技術意匠に関する知的財産権」を否定しているのでしょうか?

技術意匠というのは造語だと思いますが。特許制度は否定しています。

> それなのに「クリエイティブな人がもっと利益を得るべき」とクリエイティブな人のための権利を否定しながら言うのです。

アイデアを守る権利というのは反対です。クリエイティブな人が得るものは、金銭的な見返り、地位や名誉などより直接的なものではダメなのでしょうか。その中間に「権利」を挟む必要性はなんでしょうか。

> 制度があるから争いがあるのではありません。争いを調停するために制度があるのです。特許制度・特許権を否定するからには、それに替わる知的財産権の調停方法、または争いが発生しない知的財産権の考え方が必要と思います。しかも、特許制度が影響している地球上のすべての分野で。

特許制度は元々西洋の考え方ですから、東洋にはありませんでした。一部の発展途上国では実質的に特許は機能していないでしょう。特許制度が地球上全ての地域で共通の普遍的な考え方だというのは幻想です。そして特許は最適解ではあり得ません。老朽化した時代にそぐわない制度だと思っています。

また、特許制度は争いをおさめるどころか、争いを人口的に作り出しています。特許があるから特許訴訟が起きるのです。特許がなければ争いは起きません。製品やサービスの「競争」は社会にとって必要であり、その意味での「争い」が起きるのは良いことです。Kinoshitaさんは一体どのような争いを想定されているのでしょうか。

> そこのところの説明が無い限り、浅い私怨と偏見で特許制度をDISっているように見えてしまうので注意が必要です。

私怨ではありませんし、浅い考えだとも思っていませんが、Kinoshitaさんがそう感じられるのであれば私の努力が足りないのでしょうね。

ただ、ひとつだけ言っておきたいのですが、現在の特許制度は完全無欠の制度でしょうか?本当に社会にとって特許は有用なのでしょうか?特許がある世界とない世界を比べたら、本当に技術の進歩は特許を肯定した世界のほうが早いのでしょうか?特許制度によって本当に技術者は報われているのでしょうか?(ちなみに、私はIT産業は特許の影響が少ない業界だと思っています。ライバルの特許を調べることばかりに時間をとられて肝心の開発が進まないというジレンマは、恐らく他の業界の方のほうが強く感じてらっしゃると思います。)

> 役に立つか立たないかではありません。そんなもの立場によって違うでしょう。権利を認め、争いが発生し、調停しているのです。

この点については真っ向から異論を挟みます。社会にとって役に立つか立たないか(有益かどうか)が最も重要です。正しく資本主義が機能し、技術開発が促進され、全ての人々がより低価格でより品質が良い製品やサービスを入手できることが最も重要です。つまり、公益です。特許は建前上「発明が促進される」という公益を謳っているから認められている制度です。一部の人たちが権利を主張することによって公益が損なわれるなら、そのような制度は廃止すべきです。

Mikiya Okuno さんのコメント...

s/人口的/人工的/

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