ひとことで言うと、今回のセミナーはオープンソースのセミナーではなかった!というのが拙者の正直な感想である。あまりにも酷い内容だったと言って差し支えない。酷かったのは各々のプレゼンの質などではなく、その欺瞞に満ちたメッセージである。そのようなメッセージを放置すると、オープンソースに対する誤った知識が広まる恐れがあるので、本エントリにて批判させて頂こうと思う。
キナ臭い基調講演
基調講演は本セミナーを主催したオージス総研の常務が行なった。滑り出しはオープンソースに対する賛辞が並べられ、特に問題のある発言は見当たらなかった。冒頭で述べられたのは例えば次のようなことだ。- 最近はオープンソースソフトウェアの品質が上がってきた。
- オープンソースのメリットは何と言ってもソースコードがある。
- 世界のプログラマと協力するというのは素晴らしい経験であり、人材育成に繋がる。
思わず「うん、うん」と頷きながら聞いてしまいそうな内容である。だが、オープンソースのデメリットについての言及が行われたあたりから一変して雲行きが怪しくなる。常務の主張によると、オープンソースを利用するにあたり問題なのはライセンスだというのだ。ユーザーがライセンスについてよく知り、「適切なライセンスであるか」とか「ライセンスの組み合わせが適切か」といったことを判断する必要があるというのが「問題」なのだと。
そこで「はて?」と思う。ライセンスについて知っておくべきなのは当然のことではないのか!?
ソフトウェアを利用するときライセンスを把握して、それが利用可能なものかどうか、即ち適切かどうかを判断するのは当然のことである。それは例えるなら「クルマを運転するときに運転免許証およびその免許によって許可された行為についてよく知らないといけない」と言うのと同じぐらい当然のことである。ちなみに、英語で免許証は(ドライバーズ)ライセンスだ。そのように当然のことを問題視することはオカシイ!
だが話の流れはこうなる。
「OSSのメリットは凄い。OSSを如何に安全に使うかということが今回のセミナーのテーマ。オージス総研ではPalamidaというツールを販売している。我々はOSSの利用を促進する。」
やはり何だか怪しい・・・。俺の脳裏に一抹の不安を残しつつ、オープンソース知財セミナーは進行する。
椙山弁護士によるGPL批判
基調講演の次は、知財を専門とする椙山弁護士によるGPLの解説であった。椙山弁護士が開口一番言ったセリフがコレだ。「私はGPLが嫌いです。」
GPLの解説をしようという人がGPLが嫌いとは一体如何なる心構えなのか。そんなのはひとつしかない。GPLを貶めたいに決まっているのだ!
椙山弁護士のやり口は実に巧妙だった。セミナーの様子はマイコミジャーナルの記事「弁護士が明かす、GPLの法的リスク - オープンソース知財セミナー2010」で紹介されており、記事中のリンクからプレゼン資料をダウンロードすることが出来るようになっている。意図してか意図せずかは分からないが、プレゼン資料と椙山弁護士が壇上で言ってることが全然違っていたのだ。プレゼン資料には真っ当なことだけが書かれている。そして口頭ではGPLに対するFUD(いわれのないデマ)を振りまくという、実に見事な(?)手腕であった。もちろん、セミナーでは録画・録音を禁止されていたのでので証拠は残らない。
注意深く話を聞き、プレゼン資料から逸脱した発言について必至にメモをとったので、その一部を紹介しよう。
- GPLのソフトウェアはフリーソフトウェア財団に著作権を譲渡する必要がある。
- GPL違反をしたらSFLCに訴えられる。
- Rightは英語で正しいという意味。CopyleftはCopyrightの逆。
- 作成したソフトウェアにGPLバージョン3を適用すると全ての特許が失われる。
- fork?exec?意味が分からない。
なお、念のため言っておくが、GPLを適用しても著作権を放棄しなくても良い(GPLは著作権をキープしたまま私有化を防ぐ仕組みだ!)し、著作権侵害は親告罪だから著作者が訴えない限り第三者が口出しすることはない。Copyleftの意味も「正しいの逆」ではないので注意して頂きたい。まったく噴飯ものの物言いである。
このようにGPLに問題があるような印象を植えつけておいてから、その対策として「GPLを使うな」というから厄介なのである。以下はマイコミジャーナルからの引用である。
こうした難しさがあることから、GPLプログラムへの対処法としては、以下の3つを想定しておくべきという。1つは、完全に「利用しない」という方針を掲げること。特に、特許戦略を推進しようとする企業では、GPLプログラムの利用によって、自社の特許を含めて公開しなければならなくなる可能性がある。その場合は、GPLを使わせない、存在しないことを確認する体制を築くことも必要になる。
3つとあるが、その他の対策は「限定的に利用する」「利用して開示する」というものであり、3つが揃えば確かに妥当な対策であると言える。だが、記事の文量から見ても分かるとおり「使わない」ことの説明が最も声が大きかったという点に留意しなければならない。あと、当然ながら「GPLプログラムの利用によって、自社の特許を含めて公開しなければならなくなる可能性がある。」という誤った説明が含まれている点にも注意が必要である。
「知財」に関する新たな課題
余談であるが、椙山弁護士の話から、新たに二つの問題点が見えてくる。一つ目の問題点はズバリforkやexecの意味が分からないという椙山弁護士のひとことに凝縮されている。もし仮にITに携わっている者が「forkやexecの意味が分からない」などと言えば、一週間独房で石を抱いてで反省させられるレベルであるといっても過言ではない。それぐらいコンピュータの動作原理においては基礎となる概念であり、コンピュータプログラムがシロかクロかを争う上では仕組みが分かっていないと話にならないはずである。技術を分からない弁護士や裁判官が法定で争うのは果たして正しい姿なのだろうか?すなわち、一つ目の問題点とは、法曹界にIT技術者が居ないこと(ないしは不足していること)である。
行政および司法におけるIT技術者不足は時に悲劇を産んでしまう。最近ホットな「岡崎図書館事件」通称librahackも、その根源にあるのは警察および検察のITに対する無理解である。この問題は、将来的に大きな事件に繋がるような予感がしてならない。
もうひとつの問題点は、椙山弁護士が頻繁に言っていた「GPLにおける言葉の定義が従来の著作権の解釈とは合わない」という言葉に現れている。マイコミのレポートの写真に映っているスライドに、現行の著作権法と解釈が一致しないところが示されている。椙山弁護士はあたかもGPLがよくないように仰っていたが、それは違う。そもそも従来文章や絵画、映画などの創作物に与えていた著作権の枠組みをコンピュータソフトウェアに無理やり持ち込んだのだから、解釈に無理が出るのは当然なのである。現行の著作権法そのものがソフトウェアには適していないというのがもうひとつの問題点である。
以上余談終わり。
輪郭が見えてきたセミナーの一貫したメッセージ:GPLを排除せよ!
Palamidaとは一体如何なる製品だろうか?ここまで読まれた読者の方はきっと疑問に思われているだろう。Palamidaとはひとことで言うと「GPLソースコード検出プログラム」である。この世に存在するあらゆるオープンソースソフトウェアのソースコードをインデックス化し、任意のソースコードが「GPLのソースコードからコピペしたものでないかどうか」ということを調べるのである。インデックスのサイズは展開すると合計40TBにもなるらしく、ユーザーは圧縮したものをインストールして利用する。圧縮したものでも100GB程度のサイズになるらしい。検索アルゴリズムはMassive Multiple Pattern Searchというもので、特許出願済みだそうだ。
なぜこのような大掛かりな仕組みまで使って彼らはGPLを排除したいのか?それは、開発したいのがプロプライエタリソフトウェアだからだ!
当然GPLのソースコードがはプロプライエタリソフトウェア内で利用するとライセンス違反になるので、プロプライエタリソフトウェアとして出荷出来なくなってしまう。なぜGPLのソースコードが混入するのか?それはGPLについて正しく理解していない人や外注先、オフショア先等で勝手にコピペされるからだそうで、そんなときPalamidaを使えばGPL違反を犯していないことを保証出来るという。Palamida社のCEOによってプレゼンが行われたのだが、それによると現在は平均して60%程度がOSS由来のソースコードであり、OSSの利用なくして現在のソフトウェア開発はあり得ないという状況になっているらしい。OSSを利用する機会が増えるからGPL混入事故もたくさん発生しますよと。
ここで、筆者は大きな違和感を覚える。これはオープンソースのセミナーではなかったのか!?と。
Palamidaがやれることというのは、第三者が公開しているオープンソースソフトウェアのソースコードを利用してプロプライエタリな製品を作成するためのお手伝いでしかない 。つまり、第三者のオープンソースの知財をタダで吸い上げるためのツールとでも言えよう。使い手の知財がオープンソースになるわけではない。プロプライエタリソフトウェアのための、プロプライエタリなツールなのだ!!
そのようなツールを紹介するセミナーを「オープンソース知財セミナー」と呼ぶことには正直賛同しかねる。本来であれば「オープンソース知財フリーライドセミナー」とか「オープンソースのプロプライエタリ化セミナー」といったタイトルにすべきである。なぜなら、このツールを使ったところでユーザーは一切オープンソースに貢献しないのだから。オープンソースな知財を持つわけではないのだから!
オフショアの問題について
セミナーでは中国におけるオフショアの話も紹介された。話の骨子は、- タダで使えるOSSをライセンスを区別せず使ってしまう。(ライセンスに対する正しい知識がない。)
- 開発中のアプリのソースコードを持ち出してしまう。
- 人材の入れ替わりが激しい。
GPLのソースコードが混入するのは、確かにプロプライエタリソフトウェアを開発している人たちにとっては問題かも知れない。だが、それはGPLなソフトウェアが悪いのか、それともGPLを理解せずにそのソースコードを使ってしまうのが悪いのかと言えば、それは後者であると言わざるを得ない。ソースコードの著作権は著者が持つ権利であり、それを利用できるのはライセンス供与されたからである。ライセンスを正しく理解していないのがそもそもの問題なのだ。つまりオフショアの問題であり、GPLに問題を擦り付けるのは誤りなのだ。価格が安くなるからと言って安易にオフショアをすると、GPLのソースコードを勝手に流用するというリスクに見舞われるという話なのである。
ちなみに、GPLばかり槍玉に挙げられるが、もっと困るものが存在する。それは「ソースコードを公開しておきながらプロプライエタリなライセンスを付けているソフトウェア」や「ライセンスがついていないソースコード」である。そっれらはそもそもがコピーや改変、再配布が認められていないケースであり、GPL以上に利用上の制限はきついのだから。
まとめ 〜 オージス総研に望むこと 〜
これまで見てきたように、セミナーの趣旨は「オープンソースにフリーライドする方法」に徹したものである。即ち、「如何にしてオープンソースソフトウェアを活用してプロプライエタリソフトウェアを開発・リリースするか」ということであり、オープンソースに貢献する際の法的リスクといいう類の話は一切されなかった。GPLが槍玉に挙げられていたが、GPLに対する誤解を与える表現が多く、正直目に余るものであった。オープンソースを普及させたい企業がそのような誤った情報を広範囲に渡って流布するのは絶対に間違っているし、「プロプラの開発にとってGPLがリスク」というのは何とも底の浅い話ではないか。既に述べたように、ライセンスに対する無理解をリスクと考えるのはそもそも間違っているのだ!果たしてこのようなセミナーに「オープンソース」の名を冠するのは適切であろうか?俺の答えはNo!断じて適切であるはずがない!!セミナーの最後のプレゼンでは、オージス総研の人が「我々はオープンソースの利用を推進します」という宣言をしたのだが、はっきり言ってワケが解らなかった。本来なら「プロプライエタリソフトウェアの開発をお手伝いします!」というのが筋だろう。OSSを推進するというようなことは、OSSの発展に寄与する話をしてから言って欲しいものである。
そう、OSSの発展に寄与する話をして欲しい!
それが筆者がオージス総研に対して望むことである。今回のセミナーに関しては散々批判させて頂いたが、一方でOSSを使ったソリューションを提供していることについてはすごく応援したいと思っている。オージス総研のホームページにエンタープライズ・オープンソース・センターというものがある。そこで紹介されている「OSSスタック」は網羅的であり、こういったオープンソースソフトウェアの利用を促進するのは、OSSにとって良いことなのでどんどん推進して欲しい。(一方で、「取り組み」という項目の最後にある「OSSライセンスリスクの削減」というのは削除してもらえるとありがたい。)また、先月「OpenSSO&OpenAMコンソーシアム」の設立を共同で実施されており、オープンソースを推進するという言葉は、会社全体として見れば本当なのだと思う。それだけに今回のセミナーは残念でならなかった。
もう一度繰り返すが、筆者が望むのはOSSの発展に寄与する話をして欲しいということである。奇しくも、セミナー当日の朝に如何にしてオープンソースソフトウェアを育てるべきかということについて投稿をしたところであったのだが、同様の、いや、もっとレベルの高い話をぜひして頂きたいのである。もし2011年にも「オープンソース知財セミナー」を開催されるのであれば、次のようなテーマをぜひ検討して頂きたいと思う。
- 自社のソフトウェアをオープンソースで公開する際の注意点やリスク。
- オープンソースのコミュニティへの参加する際の注意点やリスク。
- 戦略的なオープンソース・ライセンスの選び方。
- GPL以外のオープンソースライセンス利用時の法的リスクとその対策。
- パテント・コモンズとの関わり方。
- オープンソースソフトウェアを用いたビジネスモデル。
- 「OpenSSO&OpenAMコンソーシアム」の成果報告。
- OSSスタックの紹介。
などなど。こういったOSSの発展につながる建設的な話が聞けることを心から願っている。
まだやっているんだよなー。「オージス総研:オープンソースソフトウェアを利用した製品開発の現状と課題」http://p.tl/qeGj
返信削除