大手メーカーの特許戦略はぬる過ぎる 〜履歴書23通目で入社、そこで見た仰天の企業活動とは〜 / JBPress
特許を取得し、そのライセンス料だけで儲けている会社の話である。以下は記事からの抜粋。
例えば、インテルが、新しいプロセッサを発売したとしよう。この会社はすぐに、これを入手して、リバースエンジニアリングを行う。リバースエンジニアリングとは、製品を分解・分析して、製造プロセスや設計情報を導き出す手段である。
プロセッサなど半導体製品の場合であれば、パッケージから集積回路チップを取り出す。そのチップの断面を電子顕微鏡写真に撮る。さらに、ウエットエッチングで一層ずつ膜をはぎながら、断面の電子顕微鏡写真を撮りまくる。このようにすると、デバイス構造およびその製造プロセスは、概ね、解明できる。
このようにして、チップ断面の電子顕微鏡写真が撮れた段階で、半導体エネルギー研究所が保持している3000件に上る特許がどこかに使われていないかを探るのである。
筆者も、何度かこのような電子顕微鏡写真の観察をさせられた。その場で、例えば、「この微細加工技術には、半導体エネルギー研究所のこの特許が使われている可能性が高い」と判断したとする。すると、特許部は、即、インテルを訴えるのである!
特許が使われていたらライセンス料を要求するというのは特許制度に則った正しい使い方だと言える。だが、何か違和感を覚えないだろうか?
その発明は特許がなければなされなかったか。
多くの人が見逃している最大の問題点は、特許は発明と等価ではないということである。発明とはこれまで世の中に存在しなかった役に立つアイデアそのもののことであり、特許とは発明を登録して独占を許可されたもののことである。発明の中には特許として登録されていないものが数多く存在するし、特許の中には既に存在するとか、安易で誰でも思いつくなどの理由で本来登録されるべきではないものが存在していることだろう。特許 ≠ 発明
見過ごされがちなこの事実をまずは認識して頂きたい。
すべての法制度は、それによって社会にとって何らかのメリットがあるということが、その存在理由の根底にある。特許制度は、発明に対して独占を許すことで、発明が世の中に公表され、いくらかのライセンス料を見返りとして特許が利用されることによって、技術が発展し、製品やサービスとして多くの人がその発明の成果を享受できるということである。今まで世の中に存在しなかった素晴らしいアイデア=発明を、出来る限り世の中に広く流通させるのがその目的であるのだ。
先の記事でインテルが訴訟される原因となった特許は、果たしてその特許の保持者でなければ考えつかなかったアイデアであろうか。偶然にもインテルが同様の技術を自発的に考えついて実装したという可能性はないだろうか。偶然であれ何であれ、他者が容易に思いつくようなアイデアに特許を与えるのは、特許制度の本来の目的にそぐわない。そのような特許による訴訟は、1ミリたりとも世の中の発展には寄与しない。それどころか、製品価格の上昇や特許クレームへの対応で出荷が遅れるなどの可能性があり、社会にとってはデメリットでしかないのが実情である。
特許は発明の利用を促進するためのものか。
残念ながら、冒頭で挙げたような特許訴訟は、完全に現在の法制度に則ったもの、つまり合法である。社会の役に立たないどころか、足を引っ張る行為であるにもかかわらずだ。特許は、製品を出せばクレームの対象になりえる。世の中に存在する特許の数は膨大であり、他社(他者)の特許を一切踏まずに製品を出すことはほぼ不可能であると言って良い。だから大企業同士ではクロスライセンスによる紳士協定が結ばれているが、そのような体制をとったところで、クロスライセンスを結んでいない企業から訴えられる可能性は払拭できない。特許は武器だ。そして攻撃されるのは製品やサービスである。大企業同士はお互いに製品を持っているから、お互いがお互いを攻撃できる。だが、自ら製品を出さない、何も作らない企業は特許で攻撃されようがない。だから、特許だけを持ち、製品を出さない企業にはどうしても勝てないのである。
発明を利用せず、何も生み出さない企業が有利な法制度とはいかがなものだろうか。いや、はっきり言おう。特許法はコンセプトからして間違っている!!と。
大企業と特許の問題
大企業でも、特許を保持しつつ発明を利用せず、何も生み出さない企業(=パテント・トロール)には勝てないことを説明した。だが、大企業よりももっと弱い立場の企業がある。それは中小企業だ。何を当たり前のことを言うのか!と憤慨されるかも知れないが、会社規模だけではなく、特許の面でも中小企業は不利なのである。
大企業同士は通常クロスライセンス契約を結んで、お互いに訴訟をしないように合意がとれている。クロスライセンス契約を結ぶには、当然お互いの企業が保持している特許の量および質(≒どれだけ相手の企業から特許使用料をぶんどれるか)を勘案し、通常はどちらかが特許使用料を相手に支払うことになる。
そして、中小企業は特許を持っていないか、持っていても限定的なものであることが多い。そして当然ながら大企業ほど金銭的、人員的にも体力がない。すると、大企業やパテントトロールから特許クレームを受けると甚大な被害となってしまう。最悪のケースでは、商売を畳むことになるだろう。
最近は、何らかの製品を扱うベンチャー企業の最終的な着地点として、大企業による買収という選択を選ぶケースが増えた。その背景には、ビジネスを維持する上で特許訴訟が最大のリスクとなるという点が挙げられる。大企業相手に特許訴訟合戦を挑んでも勝てないので、訴訟のターゲットになる前に大企業に逃げこむのである。なんとも悲しい時代だろうか。新しい勢いのあるプレイヤーが出てこないと、業界は発展しないだろう。
もうひとつ、大企業で特許にまつわる問題、とりわけ日本国内の大企業における問題として考えられるのが、特許の元になる発明をした人の待遇の問題である。特許は企業にとって金になる。発明者が退職しても、特許は会社のものである。発明者は、転職先では特許を利用出来ない。(利用するには元居た会社にライセンス料を払うことになるだろう。)特許さえあれば、企業はいつでも社員をお払い箱に出来るのである。
もし、この世に特許が存在しなければ、企業にとっては人材そのものが、より大きな価値を持つことになる。利益を生み出すのが特許ではなくアイデアや技術そのものになる傾向が強まるからである。企業は人材の流出を引き止めるため、人材の評価をより熱心に行うようになるだろうし、引き止めるためにより多くの給与を払う必要があるだろう。(特許がなければ社員がスピンアウトするのがもっと簡単になる。)
だが、特許のある世界では、大企業はいつでも社員をお払い箱に出来るし、ベンチャーが大きくなって社員がウハウハになるというシナリオも描き難い。その結果待遇の硬直化が起きているのである。次の記事にあるような事象は、すべての原因が特許にあるとは言わないが、特許がその一因となっているのは間違いないだろう。
圧迫される世界の中流階級 - 先進国に広がる「所得伸び悩み」の恐怖 / JBpress
後編(近日公開予定)につづく。
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