GPLv3の要求事項
GPLv3が定めるのは、簡単にいうと「あなたがGPLv3が適用をしたソフトウェアに特許が含まれる場合、GPLv3でライセンスされたそのソフトウェアを利用/使用するユーザーを特許侵害で訴えませんよ!」というものだ。これはGPLv3ソフトウェアの著作者(ライセンサー)が利用者(ライセンシー)に対して行う約束事であり、利用者にとっては100%メリットがあることなのである。これを図にすると次のようになる。これはある意味当然のことである。もし仮にソフトウェア特許で訴えてOKなのであれば、「これはフリーソフトウェアです。自由に実行したり頒布したりしてOKですよ!」と宣伝して多くの人に使わせておいて、後から「特許侵害であなたを訴えますッ!」という詐欺まがいの行為が可能になってしまう。(※1)サブマリン特許も真っ青だ。当然そのような詐欺行為が横行しては困るので、GPLv3には「ライセンシーには特許も一緒にライセンスします」という条項が盛り込まれているのだ。どうということはない。GPLv3に書かれているのは至極常識的な「当たり前のこと」なのである。
第3者による特許利用
GPLv3では、特許はGPLv3によって利用者にライセンスが与えられるという点に注意して頂きたい。即ち、GPLv3の及ばないところにはそのソフトウェアに含まれる特許もライセンスされないのである。これを模式的に表したのが次の図だ。BさんはGPLv3ソフトウェアに含まれるAさんの特許を使うことが可能だが、まったく無関係ののソフトウェアをリリースしているCさんはAさんの持つ特許のライセンスを受けていない。特許はあくまでもGPLv3のオマケとして付いてくるものであり、Aさんの持つ特許(1)のライセンスを受けるには、Aさんのソフトウェアを組み込む必要がある。そして、Aさんのソフトウェアを組み込むにはライセンスとしてGPLv3を選択しなければならない。従って、AさんはGPLv3以外のソフトウェアに対して特許侵害で訴えることが可能なのだ。GPLv3以外のものは全てアウトである。例えその兄弟分であるGPLv2であってもだ。当然プロプライエタリなライセンスを適用したソフトウェアは真っ黒であると言えよう。(※2)
大事なのでもう一度言うと、GPLv3によってライセンス供与された特許はGPLv3以外のライセンスでは利用不可である。(もちろん特許権を持っているAさんから個別にライセンスを受けることは可能だ。)この事実だけを見ても「GPLv3を適用すると特許は全て無効になる」などという発言が、如何に事実をねじ曲げたFUDであるかということが分かるだろう。(※3)
勝手に改造!
フリーソフトウェアやオープンソースソフトウェアの醍醐味は何と言っても「誰でも自由に改造できる」という点に尽きる。第三者が開発に加わったり、プロジェクトがforkされるといったことが日常的に行われる世界なのだ。そこで、先に登場したAさんのソフトウェアXをBさんが改造し、ソフトウェアX’としてリリースする場合のことを考えよう。Bさんが自ら持っている特許(2)をX’に含めるのはOKだろうか?答えはYes。自分が持っている特許なのだからどのような形で使おうが自由である。
だが、BさんがAさんの持っている他の特許を勝手に使うことは許されない。何故ならば、AさんがGPLv3によってライセンスしている特許はオリジナルのソフトウェアに含まれるものだけ(図でいうと(1)だけ)だからだ。Bさんがそれ以外のAさんの特許を勝手に使うことは特許侵害にあたるのである。
つまり、AさんがソフトウェアXにおいて自らの特許の一部を使ったからと言って、その他の特許まで公開しなければならないということはないのである。
ライブラリ
現在のソフトウェア開発において、全てを1から書き上げるということは稀であり、多くの場合は何らかのライブラリを活用して開発の工数を節約しているはずである。世の中には素晴らしいオープンソースのライブラリが数多く存在し、GPLv3互換のライセンスを持ったものであれば自由にGPLv3のソフトウェアに組み込むことが出来る。ここで注意したいのは、ライブラリの作者がうっかり他人の特許を利用していた場合だ。(※4)その特許保持者がAさんであれば、何の問題もなくAさんはソフトウェアをリリースすることが出来る。実は、厳密にはこの場合AさんはEさんを特許侵害で訴えることは可能である。なぜなら、AさんはEさんに特許をライセンスしたわけではないからだ。だが、そもそもEさんを訴えたらAさんが利用しているライブラリがメンテナンスされなくなってしまう可能性が高いので、現実的にAさんがEさんを訴えるというようなことは起きないだろう。
問題になるのは第3者の特許が紛れ込んでいた場合である。この場合、みんな一網打尽でやられてしまう羽目になる。(※5)
当然ながら、Aさんがライブラリを使わずにソフトウェアを開発した場合でも同様で、第三者の特許が含まれていると訴えられることになるだろう。ソフトウェア特許の適用範囲は恐ろしく広いのである。
GPLv3でライセンスするのはあくまでも自分が持っている特許だけであり、第3者の特許はたとえGPLv3であってもライセンスすることは出来ないのである。これまた至極当然のことである。
まとめ
特許を数多く取得している企業にとって、「あなたの特許は全て無効になります!」という脅し文句は強烈なものだ。企業は自らが持つ特許を戦略的に利用しており、それが失われることによるデメリットは理解できる。(特許を取得しておくことは、自らが特許侵害で訴えられたときの有効な防御策だからだ。)しかしながら、GPLv3を正しく理解していれば、そのような脅しが事実無根のFUDであることがお分かり頂けるだろう。FUDを発する人はあなたから正常な判断力を奪おうとするだろうが、常識的に判断すれば騙されるようなことではない。どうか読者の皆さんはそのような手口によってFUDに騙されないように注意して頂きたい!このエントリがGPLv3普及の一助になれば幸いである。- ※1:GPLを含むソフトウェアライセンスは著作権に対するライセンスである。著作権と特許はまったく異なる概念であり、法体系も著作権法・特許法で別れている。理論的には、「著作権の利用を許可しても特許の利用を許可しない」ということが可能に思えるが、そのような行為は特許の濫用であると判断されることが多いようなので、そのような詐欺は事実上成立しない。
- ※2:厳密には、Aさんのソフトウェアを元にしたソフトウェアでなければGPLv3の適用範囲ではないで、例えGPLv3であっても、他の人がAさんの特許(1)を利用して、Aさんの作品とはまったく別個のオリジナルのソフトウェアを開発・公開することは特許侵害の対象になる。
- ※3:相手を貶めるために意図的に流すデマのこと。Wikipediaの記事を参照のこと。
- ※4:実際には、膨大なソフトウェア特許の地雷原を完全に避けて通れる人は居ないだろう。
- ※5:特許に該当するロジックを含んだソースコードを実行する場合でも特許訴訟の対象になる。例えば動画のエンコーディングに関する特許の場合、そのエンコーディングを利用したフォーマットの動画を作成することは特許侵害に当たるだろう。
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